神戸地方裁判所 平成4年(行ウ)27号 判決 1996年2月21日
原告 近畿エキスプレス株式会社
被告 神戸税務署長、国
代理人 川口泰司、亀井幸弘、廣瀬彰四郎 ほか二名
主文
一 原告の被告神戸税務署長に対する訴えを却下する。
二 原告の被告国に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告神戸税務署長が別紙差押債権目録に記載する債権に対し平成三年六月一九日付けでした差押処分を取り消す。
二 被告国は、原告に対し、金四三六万〇〇二五円及びこれに対する平成三年六月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 本件は、被告神戸税務署長(以下「被告税務署長」という。)が、訴外近畿運輸株式会社(以下「近畿運輸」という。)に対する滞納国税徴収のため、原告の訴外日本通運株式会社(以下「日通」という。)に対する債権を差し押さえてその取立てを行ったことに対し、原告が、右差押えは原告の財産を近畿運輸の財産と誤認してなされた違法なものであり、また、右取立てにより原告の有していた右債権を喪失せしめ、よって、原告に損害を与えたと主張して、被告税務署長に対して右差押処分の取消しを、被告国に対して主位的に国家賠償を、予備的に不当利得返還を求めた事案である。
二 争いのない事実
1 訴外三急運輸株式会社(以下「三急運輸」という。)は、昭和二八年七月三〇日、本店所在地を神戸市須磨区鷹取町三丁目一番二〇号、資本金を一五〇万円、営業目的を陸上における貨物の輸送の事業、代表取締役を訴外鎌田俊治(以下「鎌田」という。)として設立登記がなされた。
三急運輸は、昭和五九年一一月二一日付け大陸第五八三号により一般区域貨物自動車運送事業(以下「本件事業」という。)の免許を取得した。
2 三急運輸は、昭和五八年三月二三日に三〇〇万円増資し、同年五月二八日、訴外小見山賀根雄(以下「小見山」という。)が同社の取締役及び共同代表取締役に就任したが、同人は、昭和五九年一二月七日、これを辞任した。
3 三急運輸は、昭和六一年二月二八日、近畿運輸に商号を変更し、本店を神戸市長田区苅藻島町二丁目一番一七号、事務所を神戸市中央区磯上通四丁目三番七号門屋ビル南館二五七号室(以下「磯上通の事務所」という。)に置き、代表取締役に小見山が単独で就任し、鎌田は代表取締役を辞任した。
なお、平成三年六月二四日、小見山が近畿運輸の代表取締役及び取締役を昭和六二年六月三〇日に退任した旨の登記が経由された。
4 原告は、平成二年三月二七日、本店を神戸市灘区摩耶埠頭摩耶業務センタービル(以下「摩耶業務センタービル」という。)、資本金を金一〇〇〇万円、営業目的を一般区域貨物自動車運送事業とし、代表取締役に小見山が就任して設立登記がなされた。
近畿運輸は、同年四月二四日、原告に対して本件事業の免許を譲渡した。
近畿運輸局長は、同年七月三一日、近運貨二第二三四八号をもって、譲渡人を近畿運輸、譲受人を原告とする本件事業免許の譲渡及び譲受を認可した。
5 被告税務署長は、近畿運輸に対する滞納国税徴収のため、平成三年六月一九日、別紙差押債権目録に記載する債権を差押えた(以下「本件差押処分」という。)。
6 本件差押処分後、被告税務署長は、日通神戸支店から、平成三年七月一日に金三三七万四二八〇円を、同月三一日に金九八万五七四五円をそれぞれ取り立てた。
7 原告は、平成三年八月一六日、被告税務署長に対し、本件差押処分について異議申立てを行ったが、被告税務署長は、同年一一月一五日、却下の決定をした。
原告は、同年一二月一三日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、平成四年二月二五日、右請求を却下する旨の裁決を行い、同裁決書謄本は、同年三月五日、原告に送達された。
三 争点及びこれに対する当事者の主張
1 被告税務署長に対して本件差押処分の取消しを求める訴えにつき、原告に訴えの利益があるか。
被告税務署長は、本件差押処分が取立てにより既に消滅して存在しないから、原告には訴えの利益はないと主張するのに対して、原告は、本件差押処分が取立てによる目的完了によって消滅しているとしても、原告が、同処分により運送代金債権金四七〇万一九七〇円を喪失しており、同処分消滅後においてもなお同処分の取消しによって回復すべき法律上の利益を有するから、訴えの利益を有すると主張する。
2 本件差押処分は違法か。
(原告の主張)
(一) 近畿運輸と原告は別法人である。すなわち、近畿運輸は、鎌田が三急運輸を経営していた当時の杜撰な経理処理により昭和六二年三月期決算以降、貸借対照表を作成することができなかったため、白色申告を余儀なくされ、金融機関からの借入れも困難で、鎌田経営当時の簿外債務の債権者から請求を受けるおそれがあったことから、小見山が、厳しい経営環境に対応するべく従業員により積極性を持たせた新会社を設立して再出発しようとして原告を設立したものであって、原告は近畿運輸の債務を免れるために設立されたものではない。
そして、近畿運輸と原告が別法人であることは、両社それぞれの商業登記簿謄本から明らかであり、また、日通も近畿運輸と原告が別法人であることは承知していた。
したがって、本件差押処分は原告の財産を近畿運輸の財産と誤認してなされた違法なものである。
(二) 仮に原告が近畿運輸の債務を免れるために設立されたとしても、いわゆる法人格否認の法理は、本来、私人間の債務関係において取引の相手方を保護するために形成されたものであり、権力関係の側面を有する租税法律関係には適用できない。
また、滞納処分の対象となる財産は、そもそも滞納者に帰属するものでなければならないが、法律に定めがないのに、法人格否認の法理という不確定概念を用いて、別法人を実質上同一法人としてその財産を滞納者に帰属すると認めて滞納処分の対象とするのは、租税法律主義の原則に反し違法である。
さらに、民事訴訟法上及び民事執行法上は法人格否認の法理が適用されないとするのが通説判例であり、滞納処分手続も訴訟手続及び強制執行手続と同様に、制定法主義を基調とする手続の明確性、安定性が要請されるのであるから、滞納処分手続においても、法人格否認の法理は適用されないと解すべきである。
したがって、仮に原告が近畿運輸の債務を免れるために設立されたとしても、いわゆる法人格否認の法理の援用の下になされた本件差押処分は違法である。
(三) よって、原告は、被告国に対し、主位的には国家賠償法一条一項による損害賠償請求として、予備的に民法七〇三条による不当利得の返還として、請求の趣旨のとおりの金員の支払いを求める。
(被告らの主張)
(一) 被告国(所轄庁被告税務署長)は、平成三年六月一九日現在、別紙租税債権目録記載のとおり、近畿運輸に対して租税債権を有していた。
(二) 被告税務署長は、日通神戸支店等の調査結果などから、同支店における運送取引は、近畿運輸に帰属するものと認めて、平成三年六月一九日、国税徴収法六二条に基づき本件差押処分をした。すなわち、原告と近畿運輸は、代表者、営業所、従業員とも全く同一であるうえ、近畿運輸は、株主総会における特別決議を経ずして本件事業の免許を原告に譲渡されていること、原告設立の際の株式払込金は、すべて小見山が払い込んだこと、原告が取引先などには社名変更届を出していることなどから、原告は、本件租税債務をはじめ、近畿運輸の債務を免れる目的で法人格を濫用して設立されたものである。したがって、原告は、近畿運輸とは別法人であると主張することは許されない。そして、この法人格否認の法理は、租税法律関係においても適用されるべきであり、この法理は、憲法三〇条、八四条にいう法律に内在するものであって租税法律主義に反しないし、本件では、本件差押処分の対象となった債権の帰属が問題となっているのであって、民事訴訟法・民事執行法適用の場合とは異なる。
よって、本件差押処分には何ら違法性もなく、被告税務署長及び神戸税務署徴収職員らに故意、過失はない。
(三) 以上のとおり、被告国が本件差押処分の取立てにより受け取った金員には法律上の原因があり、不当利得ではない。
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 被告税務署長が、平成三年七月一日及び同月三一日、国税徴収法六七条に基づき、本件差押処分に係る債権を日通神戸支店から取り立てたことは、当事者間に争いがない。
2 ところで、行政処分の取消しを求めるについては、その取消しを求める処分が現に存在していることが必要であると解される。本件の場合、前述のとおり、被告は本件差押処分に係る債権を第三債務者から取り立てているのであるから、同処分はこの取立てによって目的を完了して消滅しているということができる。
したがって、原告が取消しを求める本件差押処分は既に消滅しているのであり、原告は、本件差押処分の違法を前提として取立てにより喪失した運送代金の返還を求めれば足り、同処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有しない。
3 よって、原告は、被告税務署長に対する訴えについて訴訟要件を備えていないものである。
二 争点2について
1 被告らは、原告が法人格を濫用して設立されたことは明らかであって、本件差押処分の対象となった債権は近畿運輸に帰属するものであるから本件差押処分は適法であると主張しているので、判断する。
2 <証拠略>によれば、次の事実が認められる。
(一) 小見山は、かつては、三急運輸の代表取締役となり、同じく代表取締役であった鎌田が取り仕切るトラック部門とは別会計であった海上コンテナ部門を取り仕切っていたが、昭和五九年一二月にその代表取締役及び取締役を退任した。
その後の昭和六一年二月三日、鎌田は、道路運送法、公正証書原本等不実記載、同行使などの嫌疑で兵庫県警察本部交通指導課及び同県長田警察署に逮捕された。鎌田の右逮捕をきっかけとして、三急運輸は、得意先の日通から取引を停止され、そのころ、第一回目の手形不渡を出した。そして、近畿運輸に商号を変更した後の同年三月二三日に第二回目の手形不渡を出して倒産した。
(二) 近畿運輸は、倒産後の同月二八日、新長田駅前のジョイプラザで債権者集会を開催した。ところが、右集会に近畿運輸の代表取締役として出席した小見山は、近畿運輸は三急運輸の有する本件事業免許を引き継いで再出発し、三急運輸当時の債務については鎌田のみが責任を負い、近畿運輸は同責任を負わないかのような態度を示した。また、右集会では債権者委員は選出されず、その後、債権者集会が開催されることはなかった。
また、三急運輸の債権者の一人が近畿運輸に対して個別に債権の取立てを行ったところ、小見山は、近畿運輸は三急運輸の債務は引き継がないとの態度を明確に表明し、債務の支払いを拒絶した。このように、三急運輸の債権者の中には結果的に債権を回収できなかった者も少なくなかった。
その一方で、訴外浅田ミチ子は三急運輸が同人に対して振り出した約束手形合計三一通(金額合計金一一七二万二五〇〇円)の支払いを求めて手形訴訟を提起し、昭和六三年一二月二二日、近畿運輸が同人に対して金一〇四一万四〇五〇円を支払うことで同人との間で和解が成立した。また、訴外有限会社秋山商会も、近畿運輸に対し、三急運輸の負担した債務を弁済するよう訴訟を提起して勝訴したことによって、金四〇〇万円を回収した。
(三) 近畿運輸は、倒産後の昭和六一年三月期から平成二年にかけて、三急運輸当時の財務内容(債権債務)が確定できないとの理由で、貸借対照表を作成しなかった。
被告税務署長は、平成二年七月六日、近畿運輸に対して、源泉所得税本税六七三万四五六六円及び不納付加算税六六万七〇〇〇円とする「源泉所得税賦課決定通知及び納税告知書」を発送し、同年九月一二日、右賦課決定に係る源泉所得税等の滞納分の督促状を発付した。
(四) 原告は、平成二年三月一九日に定款の認証を受け、同年三月二三日、原告の株式払込金として、姫路信用金庫春日野支店の別段預金にコミヤマカネオ、ヒロノタカシ、モリセイイチ、スギモトヒラオ、マツイスグル、アリマケンジ、シオミジロウ、テラグチフクオの各名義で合計一〇〇〇万円が入金された。ところが、右金員は、同年四月五日に全額引き出された。
(五) 近畿運輸は、同年四月二四日、本件事業免許を一一一五万円で原告に譲渡したが、右譲渡契約に関して株主総会の特別決議は行っていない。また、右代金の算出の根拠は事業用自動車四七輌の同年三月三一日現在の帳簿価格である上、右車輌には近畿運輸の所有でない車両も含まれている。そして、近畿運輸の原告に対する本件事業免許の譲渡譲受契約書(<証拠略>)及び譲渡譲受追加契約書(<証拠略>)並びに近畿運輸及び原告の近畿運輸局長に対する本件事業譲渡譲受認可申請書(<証拠略>)において、原告の代表取締役は小見山であり、近畿運輸の代表取締役も小見山であった。
その後、現実に右代金が支払われることはなかった上、原告及び近畿運輸の決算書上、右譲渡契約に関する営業権及び未払金などの経理処理を行っていない。
(六) 原告は、その設立前である同年二月一三日、訴外株式会社摩耶センタービルから摩耶業務センタービルディング四階四〇一―C号室(六六・八平方メートル)を賃貸期間平成二年三月一日から平成五年二月二八日、賃料一か月当たり金一一万三五六〇円と定めて賃借した。その後、原告は、平成二年五月に右ビル二階二〇一―三号室に転居したが、同年九月三〇日付けで同室を退去した。
原告は、右両部屋に机も持ち込まず、右両部屋において実質的業務を行うことはなかった。そして、右賃貸借契約における保証金等が、原告の決算において設立前費用としての経理処理がなされた形跡はない。
(七) 原告は、近畿運輸が訴外門屋合名会社から賃借して使用していた磯上通の事務所を引き続き使用した。右事務所の賃貸借契約上の賃借人は平成二年七月一日以降は原告であったが、賃貸人は、右賃貸借の敷金三〇万円を近畿運輸から原告への社名変更に伴う振替として処理し、新たに原告から敷金を徴収しなかった。その際、右合名会社の代表者訴外門屋重春は、近畿運輸から原告に単に社名変更されたものと認識していた。
(八) 近畿運輸が使用していた事業所や車庫等はそのまま原告が使用し、その設備、什器、備品や机の配置等も近畿運輸当時と変わらず、また、原告の取引先、取引内容、取引形態も近畿運輸におけると同一であった。なお、原告は、近畿運輸の未収運賃を原告の口座に振り込ませた。
近畿運輸の従業員は原告設立後、そのままの状態で原告に承継雇用され、その構成はほとんど変わらなかった。その際、近畿運輸から引き続いて原告の従業員になった者に対して、近畿運輸の従業員としての退職金の支払いはなく、勤続年数の計算は、近畿運輸と原告を同一法人として通算することになり、給与や有給休暇も近畿運輸と同一の条件であった。
近畿運輸の従業員の中には、近畿運輸から原告に会社組織が変わったとの認識のない者も多く、現実に、原告において従業員持株制度が機能したことはなかった。
(九) 平成二年八月ころ、原告は、「新会社発足のご挨拶」と題する書面(<証拠略>。以下「挨拶状」という。)を取引先の一部に対して発送したが、日通に対しては、同年九月五日付けで、「社名変更届」と題する書面(<証拠略>)を発送した。右届においては、「旧社名」が近畿運輸、「新社名」が原告と記載されていた。
なお、挨拶状において、原告の本社の住所は摩耶業務センタービルと記載されているが、同じく本社の電話番号として記載されている電話は、平成二年八月七日に磯上通の事務所に設置されて、現実にも使用された。
(一〇) 日通は、同社の業務上の取引に関連して作成する傭車日報において、取引先の業者ごとに異なる番号(業者コード)を付番する扱いを採っているが、原告設立後も、近畿運輸と原告が同一法人であるとの認識のもとに原告の業者コードを近畿運輸と同一のものとした。
原告設立後の日通の原告に対する発注方法は近畿運輸に対する方法と全く同一であり、また、原告の日通との取引の担当者も近畿運輸の場合と同じく訴外広野隆史であった。
(一一) 小見山は、平成二年一一月ころ、訴外中本秀義司法書士及び近畿運輸の従業員の訴外岩崎豊の仲介で、訴外札野喜市(以下「札野」という。)に対して近畿運輸を譲渡した。
札野は、産業廃棄物、一般廃棄物の再生処理を行う会社を作る目的で、新会社を設立する際に必要な多額の費用を節約するために、近畿運輸を無償で譲り受けた。その際、札野は、近畿運輸の債権債務は一切ないとの条件で近畿運輸を譲り受け、また、譲渡契約書を作成しなかった。
(一二) 近畿運輸は、本件差押処分のあった後である平成三年六月二四日に商号を躍開発、営業目的を陸上における貨物の輸送、産業廃棄物、一般廃棄物の再生処理業、土木工事業、代表取締役を赤木次郎、取締役を小見山及び赤木ほか二名とする旨の変更登記を、同月二六日に本店を兵庫県明石市山下町九番一五号とする旨の変更登記をそれぞれ行った。また、同日、小見山が近畿運輸の代表取締役及び取締役を昭和六二年六月三〇日退任した旨の登記もされた。
しかし、躍開発は、本件口頭弁論終結時まで全く営業を行わず、法人税の確定申告書を提出することもなかった。
3 株式会社が商法の規定に準拠して比較的容易に設立されうることに乗じ、取引の相手方からの債務履行請求手続を誤らせ時間と費用とを浪費させる手段として、旧会社の営業財産をそのまま流用し、商号、代表取締役、営業目的、従業員などが旧会社のそれと同一の新会社を設立したような場合には、形式的には新会社の設立登記がなされていても、新旧両会社の実質は前後同一であり、新会社の設立は旧会社の債務の免脱を目的としてなされた会社制度の濫用であって、このような場合、会社は右取引の相手方に対し、信義則上、新旧両会社が別人格であることを主張できず、相手方は新旧両会社のいずれに対しても右債務についてその責任を追求することができるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四三年(オ)第八七七号同四四年二月二七日第一小法廷判決・民集二三巻二号五一一頁参照)。
そして、本件における争いのない事実及び右で認定した事実を右の説示に照らして考えると、原告は、平成二年三月二七日、前記のような目的、経緯のもとに設立され、形式上は近畿運輸と別異の株式会社の形態を採ってはいるけれども、近畿運輸と原告はその実質が前後同一であり、原告の設立は近畿運輸の債務の免脱を目的としてなされた法人格の濫用であるというべきである。
4 ところで、原告は、仮に原告が近畿運輸の債務を免れるために設立されたとしても、租税法律主義や既判力、執行力の拡張に関する判例等を根拠として租税滞納処分手続においていわゆる法人格否認の法理は適用されるべきではないと縷々主張する。
しかし、国税滞納処分においては、国は、その有する租税債権につき、自ら執行機関として、強制執行の方法により、その満足を得ようとするものであって、滞納者の財産を差し押さえた国の地位は、あたかも、民事執行法上の強制執行における差押債権者の地位に類するものであり、租税債権がたまたま公法上のものであることは、この関係において、国が一般私法上の債権者より不利益な取扱いを受ける理由となるものではない。言い換えれば、租税滞納処分については、租税債権の成立、すなわち租税の賦課は、権力関係であるとしても、いったん成立した租税債権の実現、すなわちその執行については、特別の規定のない限り、私債権と区別する理由はないと解するのが相当である。そして、本件では本件差押処分の対象財産の帰属が問題となっているのであり、既判力・執行力の拡張の場面とは異なるものである。
また、法人格否認の法理は、権利濫用法理や信義則、禁反言の原則等一般条項に基づくものであって租税法律主義にいう「法律」に内在するものといえる上、本件のような場合に課税できないとすると、かえって税の公平負担に反することになって妥当でない。
したがって、本件においても法人格否認の法理の適用を認めるのが相当であり、原告の右主張を採用することはできない。
5 そうであるとすると、右3で認定したように、本件において、原告の設立は近畿運輸の債務の免脱を目的としてなされた法人格の濫用であるというべきであるから、原告は、国税を徴収する国に対し、信義則上、原告が近畿運輸と別異の法人格であることを主張しえず、したがって、原告は、近畿運輸の国税支払債務につき近畿運輸と並んで責任を負わなければならないと解するのが相当である。
したがって、本件差押処分に違法性は認められない。
第四結論
以上のとおりであって、原告の被告税務署長に対する訴えは不適法であるからこれを却下し、原告の被告国に対する請求はその余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 辻忠雄 下村眞美 溝口稚佳子)
別紙<略>